◆人々の罪穢れを祓い、疫病退散を願って、氷川女體神社 名越大祓い 早朝取材 7月31日

<御祭神>
 稲田姫命(いなだひめのみこと)
 三穂津姫命(みほつひめのみこと)
 大己貴命(おおなむちのみこと)

★AM:6時前 清掃奉仕の方が数人いらっしゃいました(さいたま市緑区宮本)

<御由緒>
 今から2,000年前の昔、第10代崇神天皇の時代に勧請をしたと伝えられていますが、実際は奈良時代(710〜794)の建立のようです。氷川女體神社の「女體」は、御祭神である稲田姫命(いなだひめのみこと)に由来しています。日本書紀のなかでは、稲田姫命は須佐之男命(すさのおのみこと)がヤマタノオロチ退治の際に助けて妃にした姫とされています。
 また、一説には、当社(女體社)と、大宮区高鼻町にある大宮氷川神社(御祭神:須佐之男命・男体社)、見沼区中川にある中山神社(御祭神:大己貴命・王子社)の三社を合わせて、武蔵国一宮と称されていたとも伝えられています。実際に三社は一直線場に配置されており、氷川女體神社の拝殿には、武蔵国一宮の扁額が掲げられています。
 中世以来、武門の崇敬を集めており、鎌倉北条氏、岩槻太田氏、小田原北条氏などにゆかりある書物や宝物が多く所蔵され、徳川将軍家からも社領50石を寄進されています。旧称を中氷川神社と称し、簸王子社とも呼ばれた。
大宮氷川神社(男体社)、氷川女體神社(女体社)を直線で結ぶ中間地点に鎮座し、かつて三社で見沼を神池とした広大な神域を持つひとつの神社を構成していたとする説がある。

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