さいたま市に約2万3,000人在留する外国人で、中国の約9,500人と、韓国・北朝鮮の約2,700人に次いで多いのが、ベトナムの約2,600人(令和2年さいたま市調べ)です。また、ベトナム人は、現在、日本に居住する外国人の中で、就労人口が最多の外国人となっています。
そんな、日本の労働力の一部を担うベトナム人が、心のオアシスとして集まる場所が埼玉県本庄市にあると聞き、早速どのような場所なのか取材してきました。
“ベトナム人の駆け込み寺”大恩寺
ティック・タム・チー住職
経歴:大正大学大学院梵文学、国際仏教大学大学院博士後期満期修了。一般社団法人在日ベトナム仏教信者会・代表理事や一般社団法人在さいたまベトナム協会・顧問を務める。
大恩寺とは
埼玉県と群馬県の県境に位置する本庄市には、日本で暮らすベトナム人技能実習生や留学生が心の拠り所にするベトナム仏教寺・大恩寺があります。大恩寺は、元々、宗教法人御嶽教児玉三太氣(おんたけきょう・こだまみたけ)教会の住職が、加齢などの理由で寺院を手放そうとしていたところ、東京都港区のお寺で東日本大震災で被災したベトナム人の受け入れボランティアなどを行っていたタム・チー住職が譲り受け、大恩寺を開山しました。
タム・チー住職は、生活に困窮したり、帰宅困難になったベトナム人技能実習生や留学生の受け入れを行っており、4、5年前のコロナ禍では、多いときで50人以上という、大恩寺本堂に足の踏み場がなくなるほどの人数を一度に受け入れたと言います。また、コロナ禍が過ぎ去った現在も、ベトナム人技能実習生の多くは、給料のほとんどを母国に住む家族へ送金してしまうため、ベトナム人技能実習生の貧困問題は続いています。さらに、一部のブラック企業に就職したベトナム人技能実習生が、劣悪な職場環境に耐えられずに逃げた際も受け入れ、再就職先を見つけて再出発するまで生活支援を行っています。
タム・チー住職は、職場から失踪した技能実習生いわゆる“失踪者”について、「“失踪者”といえば、犯罪に手を染める不良なベトナム人ばかりが注目されています。しかし、実際は、犯罪に手を染めるベトナム人はたった一部であり、もちろん彼らは罰を受けるべきですが、ほとんどは劣悪な環境に耐えられなくなった人たちなのです。私たちは失踪者が生まれる背景にある、一部の悪質な受け入れ企業や送り出し機関などがいることにも目を向けなければいけません」と述べ、技能実習制度が抱える問題の解決を願いました。
大恩寺がこのような問題に向き合い続ける背景には、タム・チー住職がこれまで供養してきたベトナム人の死があります。
タム・チー住職の元には、連日、全国各地から日本で亡くなったベトナム人の葬儀の依頼が届き、その多くは技能実習生の若者です。そして、死因のほとんどは心不全や心筋梗塞、突然死など、普通の生活をしていれば考えられないものばかりのため、「死因の裏には、社会的孤立や職場環境のストレス、貧困さによる栄養失調などがあるのでしょう」と心を痛める状況について教えてくれました。
タム・チー住職は、このように日本で亡くなったベトナム人の供養や、故人に身寄りがなければ、遺骨を本国へ送還する活動も行っています。
このような活動の拠点となる大恩寺は、NPO法人フードバンク埼玉(さいたま市)をはじめ、親交のある仏教関係者、在日ベトナム企業関係者、近隣の農家などからの食糧や生活用品などの支援物資、大恩寺の農園で育てた作物で支えられています。
このように助けを求めるベトナム人は多く、大恩寺だけでは受け入れきれないため、令和3年、大恩寺近隣の農家から譲り受けた栃木県那須塩原市の古民家を改装し、栃木県那須塩原市に栃木大恩寺として新たに開山しました。そして、現在は、東京都で暮らすベトナム人のため、東京大恩寺を東京都足立区に建設中です。
大恩寺の運営は、現在、2人の尼僧で行っており、毎月第3日曜日は大恩寺(本庄市)、第4日曜日は栃木大恩寺(那須塩原市)で説法会を行っています。しかし、2人では人手が足りないため、来年、立正大学4年生のベトナム人留学生が新たに尼僧として加わる予定です。
東京大恩寺の設立に向けた取組
東京大恩寺の建設プロジェクトは、4、5年前に立ち上がり、3階建ての建物を目指して工事が着工しました。しかし、新型コロナウイルスの流行や物価高により資金が集まらず、現在、2億円以上を建設費に当てているものの、あと約6,000万円が不足しているといいます。
そこで、タム・チー住職は、「東京大恩寺の建設プロジェクトがあるということを、全国のベトナム人に広めたい」と、昨年から、一般社団法人日本ベトナム国際交流機構(東京都新宿区、略称:FAVIJA)主催のチャリティーイベント「FAVIJA CHARITY CUPー在日ベトナム人祈願の東京大恩寺設立資金支援サッカー大会ー」を開催しました。
大恩寺も、ベトナム技能実習生たちが朝から準備した揚げ春巻きやふかし芋、飲み物を無料で提供し、選手のサポートを行って大会を盛り上げました。
タム・チー住職は、「ベトナムには、
Đói cho sạch rách cho thơmドイ チョ サック ラック チョ トゥム(どんなに貧しくても心を清く保つ)
Lá lành đùm lá ráchラッラム ドゥム ララッ(破れていない葉は破れた葉を包むべき)
ということわざがあり、ベトナム人の心にはこの精神が刻まれています。そのため、平日は介護や建築などで働き、休日は大恩寺での修行や、奉仕の精神でこのようなボランティアに買って出る若者が多いのです」と、ベトナム人の支えあいの姿勢について教えてくれました。
「FAVIJA CHARITY CUP2024」について
一般社団法人日本ベトナム国際交流機構(FAVIJA)
ドー・クアン・バー代表理事
日本ベトナム国際交流機構では、北陸地区、関東地区、中部地区、東海地区、関西地区、中国地区、九州地区など、各ブロックごとに、サッカー、バドミントン、空手、ゴルフなどの各種競技大会を開催しています。チャリティーイベントは、今年の9月にベトナム北部で死者・行方不明者約300人以上の被害を出した台風「ヤギ」の洪水被災地域への支援を含め、過去にも複数回開催していますが、関東地区及び東京大恩寺の建設支援向けは今回で2回目の開催です。
日本ベトナム国際交流機構は、大恩寺での旧正月やコロナ禍のベトナム人の生活支援の際に臨時スタッフを派遣するなど、大恩寺とは定期的な交流があり、タム・チー住職から東京大恩寺建設プロジェクトの資金難を相談され、2年前からチャリティーイベントを開催したとのことです。
今回の「FAVIJA CHARITY CUP 2024」は、秋ヶ瀬公園内のレッズランドにて開催され、埼玉県や東京都を中心に全24チームが競いました。
ベトナム人の犯罪防止に向けた取り組み
一般社団法人日本ベトナム国際交流機構では、令和3年頃から、警視庁と連携し、同機構内に「犯罪予防チーム」を結成しました。同チームでは、日本全国のベトナム人に、「違法滞在者の存否、麻薬の密売、窃盗の企てなど、うわさレベルの話でも見聞きしたことがあればすぐに相談してほしい」と呼びかけ、警察に相談する前の相談窓口としての役割を担っています。そして、集約された情報は、全国の現地ボランティアスタッフへヒアリングをしたのち、警視庁へ情報提供しています。
このようなチームが出来上がったことに、バー理事長は、「今でも毎日、電話やダイレクトメールが届きますが、相談件数は、同チームの開設当初よりも約3分の1に減少したように感じます。同チームの存在が全国に広まることで、故意に犯罪に手を染めようとするベトナム人への抑止力となっているのでしょう。
今後は、ベトナムと日本の法律の違いを知らずに捕まってしまうベトナム人を減らせるよう、技能実習生の送り出し期間で日本での生活習慣について教育すべく、ベトナム大使館と連携していきたいと考えています。このように、ベトナム人の犯罪に対して、日本ベトナム国際交流機構は、制度面というハード面でアプローチし、大恩寺では仏教の教えという心へ訴えかけるソフトな面でアプローチして犯罪の未然防止に努めています」と述べ、多文化共生課題の解決に向け、大恩寺と連携しながら取り組む姿勢を示しました。
大恩寺
住所:埼玉県本庄市児玉町高柳668−2
栃木大恩寺
住所:栃木県那須塩原市四区町744−2
東京大恩寺
住所:東京都足立区東綾瀬3丁目7−7